学校法人鎮西学院 長崎ウエスレヤン大学


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図書館ブログ

This is the archive for December 2011

火曜日, 12月 20, 2011

「夢のつづきは」 市川森一先生急逝

    本学の理事である脚本家の市川森一先生の訃報を聞いたのは、本学院主催の市民クリスマスの日である12月10日だった。あまりの突然の死を信じられぬまま、その告別式(12月17日長崎市)に参列してきた。寒の強い日だったが、「淋しいのはおまえだけじゃない」(市川森一脚本・向田邦子賞受賞作品)と言わんばかりの遺影の柔らかな眼差しが、列席者たちを温かく見つめていた。諌早出身の俳優役所広司さんも、長崎まで足を運び市川先生にお別れを告げた。


お亡くなりになる1週間ほど前に市川先生ご自身から、森学長のもとに電話がかかってきたそうだ。諌早のご実家にある梅の古木を、鎮西学院に移植してほしいと。そして、その名を「蝶々さんの梅」と呼んでほしいと。すぐに依頼通り移植された梅が次の写真である。移植された梅を見る事は叶わないがと弱気な発言をされた市川先生を学長は叱咤激励されたそうである。


         学院本部棟前に移植された梅の古木
           「蝶々さんの梅」


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 長崎ウエスレヤン大学が、まだ短期大学時代(10年以上も前になる)、市川先生は、本学で「夢学」といった講座を開講されていた。映像学の一環だが、とても楽しい授業であったと聞いている。先生の博学ぶりをお聞きしたかったと返す返すも残念である。ご多忙のため、年に数回しか来られなかったが、来るたびにすっと本学の雰囲気に溶け込むような気取りのない先生だった。大学になってからは、「現代社会と芸術」という科目であった。

 告別式の弔辞によると、市川先生は努力の人だとわかった。デビュー作、「怪獣ブースカ」に始まり、「ウルトラセブン」「コメットさん」「太陽にほえろ」「傷だらけの天使たち」NHKの大河ドラマ「山河燃ゆ」等、多数作品を残した天才的な作家だと思い込んでいたから、ちょっと意外だった。とにかく、ひとつの作品に10年以上という年月をかけ、資料を読み込むというのだ。県知事、諌早市長、それから本学森学長と弔辞が読まれたが、旧友である学長の弔辞は特に胸に響いた。以下に全文を記す。


  市川 森一氏 弔辞
                                    森 泰一郎

 市川さん!市川さんの子供の時からの親友で諌早市役所の収入役を勤められた内田義勝(よしかつ)さんも一昨年に逝かれましたので、僕が市川さんにお別れの言葉をお伝えすることになりました。  
 今日は、昔にかえって森一さんと呼ばせてください。
僕は、神様が何故,こんなにも早く森一さんを天に召されたのか、その意味を計りかねています。神様何故ですか?神様にどのような意図があったのでしょうか?
森一さんは、小説「幻日(ゲンジツ)」を書き終え、新しい作品に取り掛かったばっかりだったのです。小説「幻日(ゲンジツ)」は、森一さんが、20年もかかって調べ上げて書かれた作品でした。大変に好評をえた作品です。
森一さんが、取り掛かろうとして果たせなかった作品は、「風のクレド」という作品です。「クレド」は、キリスト教の信仰信条のことを意味します。構想は、殆ど出来上がっていました。調査も終わり、取り掛かる寸前だったのです。この作品は、日本の多くの人々を驚かす作品になるはずのものでした。
学界では、ほぼ通説になり始めたのですが、八橋検校が諌早の慶厳寺で作曲したとされる箏曲(そうきょく)『六段のしらべ』が、実は、グレゴリオ聖歌だったというお話なのです。時代は、島原の乱の直後、多くのキリシタンが島原を逃れます。森一さんは、丹念に調査をして、八橋検校が自作のリストには、『六段の調べ』を入れていないという事実を突き止めました。諌早で、八橋検校とグレゴリオ聖歌を歌うキリシタンの少女との心の結び合いを描こうとしていたばかりなのです。森一さんが、この物語を完成させることが出来なかった無念さを考えると心が激しく痛みます。何としてもこの物語を完成させたかったというのが森一さんの本当の心情だったとおもうのです。誠に残念でなりません。
しかし、森一さんは、その作品『蝶々さん』の主人公・伊藤蝶のように見事に最後を迎えられました。天命を悟り、終末医療も拒否し、点滴すらすることなく泰然として愛妻・美保子さんと愛娘(まなむすめ)に見取られて天に召されたのです。森一さんは、クリスチャンでしたが、佐賀の「葉隠(はがくれ)」を深く研究した人でした。森一さんの最後は、まさに葉隠の教えを貫いたように思えます。
僕の心を少し和(なご)ませたのは、森一さんが、重篤(じゅうとく)の床にあってNHKスペシャルで放映された自作で自分自身の脚本による「蝶々さん」を見て満足と喜びを電話で伝えてくれたということです。
実に素晴らしい出来上がりでした。僕は、森一さんに素晴らしかったと涙をながして答えました。
森一さんの出世作の一つは、西田敏行・主演の「淋しいのはお前だけじゃない」でした。物語は、略しますが、ラストシーンは、西田敏行が「いい夢見たナー」というところでドラマは終わります。この言葉は、一時、流行語にさえなりました。
森一さんが、あんなにも見事に最後をおくったのも、森一さん自身の生涯そのものを「いい夢みたナー」と思っていたのかもしれません。
森一さんは、人にはいいませんでしたが、大変な努力家でした。一つの作品を書くのに10年間かけることは、ざらでした。学生時代に東京・諌早学生寮で書いた作品だけでもダンボール箱10数個あるくらいです。その上に天賦(てんぷ)の他人が決して真似の出来ない独特の才能がありました。彼は決して現実そのもの描きませんでした。かつて本学で、自ら「夢学」を講じた位ですから、「夢派」とでもいうような森一さん固有の作風でした。しかし、それが故に現実を鋭く照射するのでした。それがシナリオの天才といわれた所以(ゆえん)でした。
森一さんは、時代の変わり目には、必ずNHK大河ドラマに起用されました。『黄金の日々』「山河燃ゆ』『花の乱』。かつて森一さんと中国の福建省にある国立・華僑大学を訪れた時、学長をはじめ多くの教職員に『山河燃ゆ』のビデオを見てもらったことがあります。上海事変のシーンの時に、華僑大学の学長が突然、立ち上がって「先頭になって戦っているのは、俺だ!市川先生よくぞ描いてくれました!」と涙を流して喜んでくれました。これは、全くの森一さんのフィクションだったのです。森一さんの創作は、現実を超えたのです。
森一さんは、天才といわれ多くの賞を得て日本放送作家協会の会長となり、つい最近には叙勲も受け、名実ともに大家になりました。しかし、偉ぶらず庶民派を貫き通した所に森一さんの真骨頂があります。
僕だけではなく森一さんの母校・鎮西学院は、森一さんの偉業とその心意気を末永く語り継いで行きたいと思います。何代にも渡って。それが、森一さんの魂が永遠に生きるという意味だと思っています。
愛してやまなかった愛妻・美保子さんと娘さんに神様の豊なお慰めとお守りがあることを祈ってやみません。
森一さん!さよならとはいいません!あなたとつき合わせていただき、僕たちも「いい夢」を見せていただきました!
森一さん、本当にありがとうございました!

 
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そういえば・・・、短大時代に市川先生の資料室というべき部屋があったことを思い出した。
当時すでに図書館の司書だった私は、先生ご不在の折には、勝手に出入りしていた。というか、それが許されていた。そこは、本好きの私にとって宝の山だった。夢中で宝探しをしていたような気がする。歴史ものから始まって、実にありとあらゆる資料がそこにはあった!中里介山著「大菩薩峠」はご愛嬌で、親鸞関係の本や長崎奉行所関係の本、犯科帳の類、古事類苑、漫画などなど。脚本家というのは、実に膨大な本を読まないといけないのだと感じ、恐れ入った。恐れ入るついでに、普通の人間でよかったと安堵する怠惰な私もいた。

しばらくして市川先生は長崎市に家を買われ、そこにこの資料を移すというので、残念ながらこの資料室は無くなってしまった。資料の一部は、「市川文庫」として寄贈していただいた。それが、現在の大学図書館にある「市川文庫」である。市川先生の全著作をはじめ資料として使われた様々な図書が530冊あまり所蔵してある。

是非、手にとって「夢のつづき」に参加してほしい。私達も、市川先生の「夢のつづき」を学生たちとともに達成したいと思っている。

なお、ご本人の遺志で、1月24日には、鎮西学院講堂にて(14:00-15:30)記念礼拝が執り行われる。
通夜、告別式も長崎で、そして故郷の地諌早で荼毘に付された市川森一先生。
どこまでも故郷に拘った市川先生らしい見事な始末の仕方である。 
    (*注 キリスト教プロテスタントでは、故人を追悼する儀式のことを「記念式」と呼びます)


市川先生、安らかに。



    
      市川森一先生追悼展   長崎ウエスレヤン大学図書館
                   12月22日(木) 16時まで
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