『卒業生の現在』カテゴリの一覧
月曜日, 8月 18, 2008
「卒業生の現在」vol.5 関俊一さん(2007年卒)
今回の卒業生は2007年卒の関俊一さんです。
真城中→西陵高校→ウエスレヤン大→JA(長田支店勤務)という生粋の諫早人ですね。
「そうですね。気付いたらそのようになっていたという感じです。」
ウエスレヤン大を選んだきっかけは?
「西陵高校の時は理系でした。理系人によくありがちな数学得意、国語・英語不得意という高校生でした。不得意ながらも英語にすごく興味があって、英語も含めた広い分野の勉強ができるウエスレヤンを最終的に選びました。」
お姉さんもウエスレヤン卒ですよね?
「そうですね。将来は環境科学について学び、環境に携わる仕事をしたいなと漠然と思っていたので進路にはかなり悩みました。そんな時に『ウエスレヤンは楽しいよ』と姉がアドバイスをくれて、実際に姉も生き生きして大学生活を送っている姿をみていましたので、最後は不安に思うこともなく、進路を決めることができました。姉には感謝しています。」
高校時代の話に戻ります。どのような高校生活でしたか?
「西陵高校は進学校の中でも部活に取り組む雰囲気が特に活発でした。私も陸上部に所属し練習に打ち込んでいました。先ほども少し触れましたが、理数系の科目が好きだったので、数学の勉強をよくしていました。数学の問題を順序良く解いていくのが快感でした。勉強と部活で充実した日々を過ごす真面目な高校生でしたよ。」
大学時代はどのようなに過ごしていましたか?
「車好きの友達と野母崎半島や島原半島へよくドライブに出かけていました。夏休みに野母崎まで海水浴に行ってそのまま野宿したりと若気の至りといいましょうか…、若いからこそできるようなことをよくしていました。サッカー部を創設しよう奔走したり、その仲間と学園祭で出店を出したり、楽しい思い出がたくさんあります。勉強面では英語教員免許の取得が印象に残っています。英語教育法の早田先生には厳しく丁寧に指導していただきました。4年次に母校の真城中学校で教育実習を行ったのですが、その時の経験が社会人になっても活きていると思います。」
具体的にはどのようなところですか?
「教壇に立って授業をすることによって、度胸がついたことと、社会人の謙虚な姿勢を感じることができたことです。教育実習中に職員室で見る先生方は授業以外にも学校運営に一生懸命取り組まれていたり、時間を惜しんで教材研究をされていたりと非常に忙しくされていて、自分を高めるために積極的に勉強にも取り組まれていました。『先生になってからもこんなに頑張っているのか。』と驚きました。社会に出る前に謙虚な姿勢を見ることができたことは貴重な経験でした。社会人としての謙虚さはJAに入組してからも先輩方からも感じることができました。いつの時代になっても勉強しないといけないなと思っています。」
大学ではコミュニティサービスにも積極的に参加していたようですが。
「亘先生の指導で諌早のんのこ祭りの企画運営に携わるプログラムに参加しました。JAに入社して農業まつりを開催した時などにこの経験は役立ちましたね。ウエスレヤンは机上の勉強の他にコミュニティサービスのような体験を中心とした授業が多かったように思います。」
大学の魅力は?
「いろんな人、いろいろな考えを持つ人がいろいろな国・地域から来ていることです。自分はどちらかというと大学に入るまでは生真面目な人間でした。自分と異なる考えを持った人と話したり、異なる文化で育った人と接することにより、『こんな考え方もあるのか』と感じることができました。人間の幅を広げることができた大学でした。」
JAに入組して1年が経過しましたが現在の仕事内容を教えてください。
「現在は貸し付け担当として働いています。農業者がトラクター等の農機具を購入する時にローンの相談を行ったりすることが主な仕事です。農業従事者以外の一般の方がマイカーローンや教育ローンを申し込みに来られることも多いので、一口に貸し付け業務といっても多岐にわたります。この一年は覚えること学ぶことが多くてあっと言う間の一年でした。今後は3年周期で他部署にも異動になると思います。その都度スキルアップしていきたいと考えています。」
どのような時にやりがいを感じますか。
「お客様の笑顔を見たときです。自動車ローンや教育ローンの案内をさせていただいたお客様から『相談にのってくれてありがとう』と言われたとき等に、人の人生の喜びのお手伝いをできたと思い、やりがいを感じます。」
今後どのようなことに取り組んでみたいですか?
「JAは農業従事者、お客様があってのJAだと思っています。農業従事者が気持ちよく笑顔で働けるような環境をつくっていけるように、これからも仕事に取り組んでいきたいです。」
JAで働いてみたいなと思っている後輩達にアドバイスを。
「JAは農業従事者やお客様と接する機会が多いです。働く時に一番大事なのはコミュニケーション能力だと感じています。表現の仕方によって自分の思いがお客様に異なって伝わってしまう場合があります。学生時代に表現力を磨き、コミュニケーション能力が高くなるような経験を積んでおくと良いと思います。」
ありがとうございました。
「ありがとうございました。」
ウエスレヤン大学では「卒業生の現在」に出ていただける卒業生の方を募集しています。
可能な方はkoho@wesleyan.ac.jpまでご連絡ください。
投稿者:【koho】
2008/08/18 10:54
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金曜日, 7月 11, 2008
「卒業生の現在」Vol.4柴田佳奈恵さん(2006年度卒)
今回は2006年卒の柴田佳奈恵(島原商業高校出身)さんです。
近況を教えてください。
「大学卒業後、地元島原の社会福祉法人瑠璃光会に入社し、デイサービスセンター宝生園中堀町に社会福祉士(相談員)、介護員、LSA(life support adviser)として勤務しています。私が働く宝生園中堀町は1Fがデイサービスセンター、2F〜5Fが高齢者向け優良賃貸住宅になっています。主な仕事は、日中はデイサービスセンターでの食事・入浴介助や送迎(介護業務)、ケアカンファレンス(利用者の担当者会議)への出席や家族・利用者からの悩みや要望の窓口を行っています。デイサービスを利用される方の生活全般を把握し、ケアマネージャーや家族との橋渡しをする大事な役割ですのでやりがいを感じます。夜間はLSAとして入居者の生活支援を行っています。」
利用者の方に大人気ですね。
「ありがとうございます!人と接することが大好きなので、利用者の方々と一緒にいると時間が過ぎるのが早く感じます。」

*利用者の方々と
宝生園中堀町は駅、バスセンターにも近く商店街の入口という絶好の場所ですね。
「そうですね。これからは高齢者が利用しやすい場所にデイサービスセンターや高齢者向け賃貸住宅が増えてくると思います。商店街に立地していることで、高齢者も買い物に行く手間も省けますし、商店街に新たな人の流れができることになります。新たなまちづくりの一例になると思います。」

*施設屋上からの眺望。島原の町と普賢岳が一望できる。
いつ頃から福祉に関心を持ったのですか。
「高校の時からレスパイトサービス(respite service)や老人ホームでのボランティアを行っていました。このような活動は大学進学後も続けました。何か特別なことをやる意識は全く無く、気づいたら楽しんで聾学校や老人ホームへ通っていた感じです。高校時代は弓道部としてもみっちり活動していたので、充実していました。」

*施設上部の高齢者向け優良賃貸住宅、管理室から居住者の在室・不在を確認できるシステム。
大学の時は和太鼓部、のんのこ青年団で活躍したいましたね。
「大学の時はやりたいことをやりたいだけさせていただいた4年間でした。和太鼓部は初代部長の瀬在丸君が部員募集のビラ配りをしていて『これは面白そうだ!』と思い、友達や寮の後輩を誘ったりして入部しました。学園祭やクリスマスコンサートの時に大観衆の前で演奏した時は快感でしたよ。のんのこ青年団は伝説の(グランプリ優勝30万ゲット)初期メンバーの一人で、日本人学生だけではなく留学生や教職員の皆さんと一体になれた貴重な体験でした。」
現在、大学で開講されている子育て支援サポーター養成講座の発足会議にも出席していました。
「そうですね。大学の先生に勧めていただき大学生代表として出席しました。市役所の担当の方や、子育てをされている方など様々な立場の方と机を並べて議論することができたことは今の仕事にも生きています。その他にも市からの要請で、アーケードのバリアフリーマップを開先生グループで手がけるなど、学内に留まることなく社会に飛び出していました。勉強も遊びもやりたいことをとにかくトコトンやりましたよ。」
影響された人や出来事はありましたか。
「やはり先生には強い影響を受けましたね。ゼミで厳しいながらも愛情タップリに接していただいた太田先生や、中野先生、教職でお世話になった菅原先生等の先生方には良い勉強をさせていただきました。その他にも寮で一緒だった山田さんからは強烈な影響を受けましたね。成績が良いというのもあるのですが、一つ一つの物事に対してきちんと向き合う姿勢を見て、友達ながら感心していました。勉強や課外活動に取り組んだのも彼女の影響があったと思います。」

*菅原先生(地域づくり学科准教授・教職課程担当)と
高校生に何かアドバイスを。
「大学はやりたいことを見つける場所なので、自分がやりたいことを早く見つけてください。ピンときたことを片っ端からやっていけば必ず見つかりますよ。」
ウエスレヤン大生にアドバイスを。
「社会福祉士、精神保健福祉士の国家資格保持者がデイサービス業界にもっと進出して欲しいです。理由は2つあります。1つはこの現場にはまだまだ資格保持者が少なく貴重であること。2つ目はウエスレヤンの校風・カリキュラムによりデイサービスで働く上で必要な能力を養えるからです。ウエスレヤンでは地域に根ざし生きていくことを主眼に置いたカリキュラムが多いです。この考え方は地域の中の一つの機関として機能し、地域で生活している人達の出入りが活発なデイサービスにおいて活きてきます。デイサービスには多くの人が訪れます、人との出会い、触れ合いが得意なウエスレヤン大生に合っている職種だと思います。地域性の強い、地域包括支援センターや社会福祉協議会と共にデイサービスは面白い職場ですよ。一緒に働きましょう。」
投稿者:【koho】
2008/07/11 15:46
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木曜日, 7月 03, 2008
「卒業生の現在」Vol.3高橋さん(2006年度卒)
今回は2006年度卒業生の高橋雅子さんです。
6月30日(月)入江先生の「女性福祉論」においてゲスト講師として、本学を訪れていたところを直撃しました。高橋さんをはじめアジア女性センタースタッフの皆さまには忙しいところご協力いただきありがとうございます。
-高橋さんが卒業してから2年が経過しました。まず、現状からお聞かせください。
「現在は、福岡県で女性と子どもの支援に携わっていますが、卒業後すぐは福岡県にある”社会福祉法人小郡学園”(知的障害児施設)にて児童指導員として2年間勤務していました。在学中から、養護学校で勉強ボランティアをしていましたし、幼い頃から知的障害の方と触れ合うことがあったので小郡学園では利用者の皆さんとはスムーズに関係をつくれた気がします。
しかし、現場は授業で受けた知識を持っていても、利用者一人一人のニーズにうまく答えることができずに悩んだ時期もありました。私は2年間しか勤務していませんが、大変貴重な経験だったと思います。今でも施設行事の際は、ボランティアとして利用者の皆さんに関わっています。」
-現在の、女性と子どもの支援内容について詳しく聞かせてください。
「福岡県にあるアジア女性センターで、女性(外国籍の方も)とこどもの支援のための活動をしています。相談ホットラインや、デートDV防止の出前授業(若者啓発・予防)を行っています。また年に数回、DV・デートDV・児童虐待・人身売買・外国籍の方の現状支援などのフォーラムを開き一般の方々への情報提供をしています。
それから福岡市里親養育支援事業の実行委員として、年に2回、夏と冬に福岡市内でフォーラムを開催したり、里親啓発を行ったり、里親ファミリーの支援なども行っています。」

-在学中の大学の印象を聞かせてください
「私は福岡の東海大学福岡短期大学から編入してきました。ウエスレヤン大学も、短大のように学生と先生の距離が非常に近く、その点が一番印象的でした。卒業後の相談や、国家試験の相談も気軽にでき多くの先生にお世話になりました。
また、九州各地から学生が集まっているのもウエスレヤンの特徴だと思います。私は編入で(3年次に)入学したので友達ができるかなという不安がありましたが、すぐに打ち解ける友達もでき、友達の故郷の話・文化・習慣も聞いたりして九州内の異文化を知ることができました。同じ九州なのに、知らないことがたくさんあったことは驚きであり、大きな収穫でした。」
-これからの抱負・夢は何ですか?
「在学中からDV被害者支援に携わりたいと思っていて、この春ついにその願いが叶いましたが、やっとスタートラインに立てたとも思っています。今は若い人の間で起こるDVやデートDVを防止する活動を主に行っています。若い頃からDVについての知識があると、その後の人生で何かしら役に立つと思うし、男女問わず“誰も被害者・加害者になってほしくない!!”という強い思いでデートDV防止活動に取り組んでいます。
将来の夢は、時間が掛ってもいいので、DV被害者のための施設を作りたいと思っています。まだまだ知識も浅いので、これから今まで以上に学習にも励みたいと思っています。」
記事を書いている私は直接的な面識はないのですが、当時の教務学生の担当職員に聞くと、出身の短大での成績は優秀で期待の学生さんだったそうですが、ときどき”ボ〜ッ”としていることもあったそうです。今では立派な社会人として活躍されていました。すばらしく成長されていてとても嬉しかったです。
さて、近日ゼミの先生などのコメントをアップする予定です。お楽しみに!
投稿者:【koho】
2008/07/03 19:27
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水曜日, 5月 28, 2008
「卒業生の現在」Vol.2西川さん(2006年度卒)
今回は2006年度卒業生の西川洋志さんです。
こんにちは、お元気そうですね。まずは近況を教えてください。
「こんにちは、お久しぶりです!卒業後、西九州トヨタに就職し今年で3年目になります。仕事内容は営業になります。車だけではなく、保険、携帯なども扱っています。」
具体的にはどのような内容でしょうか。
「営業と言っても多種多様です。例えば判りやすいのはショールームに来ていただいた方に車の説明や購入プランを提案するというのは判りやすい一例です。その他にも現ユーザーにこまめに連絡を取り、車に対する要望を聞いてメカニックやメーカーに報告、買い替えを検討中のお客様には新車情報を提供といった感じですね。車を買ったらその車にずっと乗っていただきたいのですが、いつかは乗り換えの時期が来ます、その時にもう一度トヨタ車に乗っていただけるようにサポートすることが営業の大切な仕事ですね。私一人で500件以上のお客様を抱えています。お客様の把握、アフターフォローは大変ですが非常にやりがいを感じます。」
話しは昔に戻りますが、大学進学時にウエスレヤンを選んだ理由を教えてください。
「『楽しそうな大学だな。』と思いウエスレヤンを選びました。勉強!勉強!と思って入学したわけではなく(笑)、社会に出る前に4年間やりたいことをやりつくしたいと思ってウエスレヤンを選びました。」
大学の印象はどうでしたか。
「入学当初は小さな大学だなと思いましたね。キャンパス内を歩くとすぐに友達や先生とすれ違うし。しかし、それが自分には合っていたと思います。自由にやりたいことをさせてもらって、枠からはみ出しそうになると教職員のみなさんに声を掛けてもらって。」

*ゼミ集合写真にて渡辺先生を囲んで。右から2人目野球の帽子が大学3年次の西川さん。
卓球部ですよね。
「はい。大学に入って始めました。高校時代は部活はやってなかったのですが、大学二年次にピンポンという映画を見て面白そうだなと思い入部しました。周りは鎮西学院高校出身のIH出場経験者ばかりでしたから、卓球の実力的には遠く及びませんでしたのでムードメーカーに徹しました(笑)。主将も勤めさせてもらいました。チームをまとめる際に大切なのは、卓球のウデではなく、人間力です!(笑)」
大学時代の一番の思い出は何ですか。
「毎日の生活が思い出ですね。一分一秒を自分達ほど満喫した学生はいないと思います。大学に感謝したいのは想像力を養う空間、時間をいただいたことです。例えば、私たちはボールが一個あれば十分でした。グランドにボールが一個落ちている、時間と空間があって、友達がいる、『何をする?』となるわけです。野球をやったり、サッカーをやったり、新たなゲームを創造したり。20歳前後の青年が、と思われるかもしれませんが、20歳前後の時代にがんじがらめにならずに、自由な発想を持てたことは非常に有意義だったと思います。社会人になって多くの人に合いますが、『元気ですね。』とよく言われます。自分でも最近気づいたことですが、他の人を違うところは元気の良さ、たくましさでその源が創造力だと思っています。」
2ドル祭(学園祭)の時に女装してオカマバーをしていましたよね(笑)。
「あ〜。それはもう…。」
中に入るとお客さんは子どもで一杯みたいな。
「2ドル祭は当然アルコール禁止なので、そのルールの中で面白く誰もやらないことをやろうと。来場した子ども達にジュースを提供して、話し相手は女装したあまりキレイではない私達。あれほど受けるとは思いませんでした。」
それでは最後にこれからの抱負を。
「大学には卒業後あまり行っていません。理由は営業の仕事をしているので、教職員の方々や友達に頼ってしまいそうだからです。まずは社会人としてしっかり力をつけて、私が頼るのでは無く、頼られるようになることが目標です。新型クラウン、いい車なので見に来てください!」
今日はどうもありがとうございました。
「ありがとうございました。」
「恩師より一言」
ウエスレヤン大学 渡辺勝義先生
生命力が強い学生でしたね。勉強をガツガツやる優等生タイプではないのですが、社会に出たら可愛がっていただけるだろうなというタイプの元気な学生でした。今後に期待しています!
ウエスレヤン大学 佐藤先生
明るく元気な学生だったので営業の仕事は向いていると思います。まだまだ発展途上だと思うので、慢心することなく頑張ってください。
瓊浦高校 江藤直男先生

ウエスレヤン大学で充実した4年間を過ごし、社会人として立派に働いているようで安心しました。西川君のことは、担任をしていたこともありよく印象に残っています。当時から友達思いの元気な少年で『僕達は江藤組だ』と言ってクラスを盛り上げてくれていました。特に思い出されるのは文化祭や体育祭、修学旅行などでの発想や行動力です。いつもこちらが驚くようなことをやってくれたので、担任をしていて楽しかったです。
そんな西川君も高校2年生の時にピンチがありました。元気が良すぎた反動でしょうか、足を大怪我して長期入院してしまいました。その影響で出席日数がギリギリになり、進級が危うくなったのですが、先生やクラスメイトに助けられ、無事に進級することができました。特に彼の友人は通学路の途中まで迎えに行って手助けしてくれました。人に恵まれ、愛されるキャラクターですよね。これは西川君が人を大切にしてきたからだと思います。この人を愛する、愛されるというのは社会で生きていくうえでとても大切な能力です。これからさらに多くの人と接することにより西川君の良さが発揮できると思っています。
これからも瓊浦高校、ウエスレヤンのことを愛してください。
投稿者:【koho】
2008/05/28 09:21
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木曜日, 4月 24, 2008
「卒業生の現在」Vol.1北村さん(2001年度卒)
「卒業生の現在」記念すべき第一回の卒業生は2001年度卒業生の北村和弥さんです。
こんにちは、卒業後から現在に至るまでの近況を教えてください。
「鎮西学院高校卒業後、ウエスレヤン短大教養科中国コースに進学し、短大卒業後は栗鷹物産株式会社に入社しました。栗鷹物産は主に食品の流通を扱う会社です、入社から3年間は食品の原材料等を工場や店に配送する仕事をしていました。現在は製菓製パン業の工場、店舗を中心に原材料の卸し、営業を行っています。役職は営業主任です。」
どのような時に仕事のやりがいを感じますか。
「小麦などの原材料が加工され商品になり、消費者の手に届くまでを見ることができるところです。長崎だと素麺がわかりやすいでしょう。小麦粉を仕入れて島原にある製麺場で素麺製造してもらい、商品となった素麺を東京などへの販売ルートに乗せるということを会社では行っています。カッコいい言い方をすると“食品のプロデューサー”といったところでしょうか。とてもおもしろいし、やりがいを感じます。」
高校時代のお話を聞かせてください。
「出身地は佐賀県の唐津(鎮西町)です。卓球をしていまして、強豪校で卓球に打ち込みたいと思い、全国大会常連の鎮西学院に進学しました。高校時代の思い出は卓球一色です。日頃の練習はとても厳しくきつかったです。特に往復で1時間半かかる富川渓谷までのランニングがきつく、今思い出してもゾッとしますよ(笑)。脇坂先生を始め、川崎先生、山口壮一先生に熱心に指導していただいた結果、チームメイトとIHに出場できたことは良い思い出です。充実した3年間でした。」
ウエスレヤン大学(当時短大)に進学したいきさつを教えてください。
「卓球部監督脇坂先生からのアドバイスが大きかったです。当時の短大には中国の大学に編入するシステムがありました。世界一の中国に行き卓球をしてみたらどうだ?というのが先生からのアドバイスでした。結局、中国には行かずに卒業後栗鷹物産に入社しましたが、学生時代も高校時代と違った意味で充実していました。」
学生時代はどのように過ごされていたのですか?
「学生時代も卓球を続けていました。大学の全国大会にあたるインカレに出場できたことは良い思い出ですね(*本学初のインカレ選手!さらに全日本選手権にも出場)。高校時代と変わったところは、卓球一筋の生活からアルバイト等、他の学生が経験するようなことも経験したことです。勉強の面では中国語の兪先生、高山先生、胡先生にお世話になりました。特に兪先生の研究室を訪れては中国の話をしていただいたり、中国料理の作り方を教えていただいたり、自宅にまでお邪魔して本場の中国料理をごちそうになったりしました。現在の仕事に就いたきっかけもこういった学生時代の先生との交流がきっかけだったのかもしれません。」
現在の職場である栗鷹物産に入ったきっかけは?
「諫早が気に入っていたことと食品の流通に関心があったことが栗鷹物産に入社するきっかけでした。栗鷹物産は諫早でも大きな会社で非常に人気のある会社です。何とか入社したいと思い就職課の方に相談したところ、インターンシップを勧められました。当時はインターンシップが導入されはじめた時期で、自分の良さを知っていただくにはインターンシップを経た方が良いだろうと思い、1ヶ月程インターンシップでお世話になりました。インターンシップ中はきつかったですが、卓球で培ったコミュニケーション能力や対人関係の構築には自信がありましたので何とか無事終了することができ、入社する運びとなりました。これからは中国との取引も出てくると思うので大学時代の勉強が活かせると思っています。学生時代に使った中国語の教科書は未だに本棚に並んでいますよ。」
これから進学を考えている高校生にメッセージをお願いします。
「興味がある仕事、働きたい分野を見つけると自ずと進む道が見えてくると思います。自分の進みたい道を早く見つけると充実した学生生活が送れますよ。頑張ってください。」
お忙しい中ありがとうございました。
「ありがとうございました。」
恩師からのコメント
ウエスレヤン大学卓球部監督本山ゆかり
「北村さんは、卓球部員として高校時代から引き続き短大在学中も数々の大会で素晴らしい実績を残してくれました。特に九州大会では唯一短大生としてランクに入るほどの実力者でした。卓球だけでなく、勉強でも色々な先生方とコミュニケ−ションを深めながら充実した学生生活を楽しんでいたように思います。卒業後も営業マンとして大学と関わっていますが、社会人として生き生きと活躍する姿はとても頼もしく感じられます。学生時代から変わらない元気で誠実な人柄は、誰からも親しまれる好青年であり、後輩からの人望も厚い彼の今後益々の活躍を期待しています。」
鎮西学院高校山口壮一先生

「北村君は1996年4月に卓球を志して鎮西学院高校に入学してきました。強い向上心をもって厳しい練習に取り組み、3年生では副キャプテンとしてチームを引っ張ってくれました。さまざまな大会で上位入賞を果たした北村君ですが、その中でも印象に残っているのが2年生の12月の全日本卓球選手権大会ジュニアの部で全国ベスト16という成績を残したことと、3年生になって出場した長崎県内の大会ですべて団体戦優勝という素晴らしい結果を残したことです。
また、部活動を引退してからも後輩の指導のために練習場に顔を出し、ウエスレヤン短期大学に進学した後、さらには就職をした現在でも後輩たちのために指導に協力してくれています。
現在は、同じ社会人として卓球を離れた場面で顔を合わせる機会も多くなりましたが、どんなときでも笑顔を忘れず前向きな姿勢で仕事に取り組んでいる姿を見て、嬉しく思うとともに非常に元気づけられる思いがします。これからも自分らしさに更に磨きをかけて頑張っていってほしいと思います。」
栗鷹物産株式会社
代表取締役社長 栗林鴻志様

北村君が我が社に入社するきっかけは、彼が大学1年の夏休みにintern shipを実施したことに始まります。仕事ぶりは非常に真面目で素直な学生でした。反面図々しいのかオッチョコチョイなのかわからない面も持ち合わせておりまして、エピソードとして新入社員歓迎会の席で彼がチャッカリ雛壇に座っておりましたので、「おい、君の席はそこでなく一番末席だ」と注意したところ、全員爆笑でした。その後平成13年に学校から連絡があり、「過日intern shipで御社にお世話になった北村君を採用してもらえませんか」とのことでしたので「泰一郎のやつ(森学長と栗林社長は鎮西学院中学、明治学院大学の同期)最初からそのつもりで、北村を送り込んだな」と思いました。彼の性格は良く解っており、丁度配送に空きが有り即座に採用を決定し、約2年半配送業務の後、営業職へと移り現在に至っています。その間、得意先、同僚、上司全てに評判が良く、彼の岳父に至っては「あんな良い人間は見たことが無い」と手放しの誉めようです。斯様な彼ですので、今後大成し我が社の中心となって呉れるものと期待しております。
投稿者:【koho】
2008/04/24 18:51
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