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小値賀 前方地区観光資源調査

2009年7月27日 (月曜日) 10:36 | 投稿者:【community

 報告が遅くなりましたが、去る2月26日から27日の1泊2日の日程で、小値賀島に調査活動に行ってきました。調査概要としては「前方地区観光資源調査」ということで、アレックス・カー氏の提案する古民家再生事業に際し、旧藤松家を中心に観光資源調査をおこなうというものでした。一言に観光資源とはいってもさまざまな種類があるわけで、それが歴史的建造物であったり、テーマパークであったり、又は自然という存在そのものだったり、または、その場所の民族、風俗だったり習慣だったりというものを含めたすべての存在が観光資源となりうる、そのようなテーマに則って今回の調査をおこないました。

 古民家再生事業の中核になる古民家について。この前方地区には藤松家を中心にして海沿いに幾件かの古民家またはその当時立てられた倉庫、蔵などが点在していました。 


 建造されてから時間経過があり、人が住んでいる建物もありますがそのほとんどは無人となっています。そんな中で今回の調査の根幹である藤松家にははいることができました。
 そこには、その当時の技術で作られたものがそのまま存在していました。
普通の家では見られなくなった、その建物の塀は土壁でできていたり、屋を仕切る障子の柱の部分に細工がほどこされている、窓側には光を取り入れるための障子がついていたりというものが、現代の家では見られないものの代表ではないでしょうか。祖父母世代の家でもまぁ、仕切り障子の細工ぐらいは見たことがあったとしても塀が土壁で−や窓の上に採光窓があって−というのは見たことがないような気がしました。




 藤松邸から一歩外に出ると、住んでいる人には申し訳なく思うのですが、本土での暮らしに慣れていると非常に何もないように思える場所でありました。何もない、というは私たち本土の人間が生活している上では普段は目にも留めないような、少なくとも私たちの中では普通である存在が無いあるいは少ないということ。道路標識が少ない、電柱が少ない、自動販売機が少ない。車が少ない。それを観光資源という言葉の意味と照らしあわせて見ると、そこに無いあるいは少ないという事実が存在している。何故無いのか、少ないのか。それはそこに不必要あるいはあまり必要ではない物であるということで、ではどうして私たちの住んでいる場所には無数にあるものが必要ではないと判断されるのか。
 それが、その町に住んでいる人々が積み重ねてきた風土、人、それをひっくるめて地域なのではないかなと思ったのです。調査を始めて最初に「その地域こそが観光資源である」ということを感じた瞬間でもありました。普段見慣れているものを新鮮に感じることができる、それがこの前方、しいては小値賀地区の観光資源そのものではないのかと思うことができました。







海 が見える岸壁に座って休憩。あたりを見回しても私たちが見てきた倉庫だったり、藤松家の海岸側の門だったりあるいは海に浮かぶ小さな漁船だったりというものしか見えない。本当に静かな環境の中で、ゆっくりとした時間をすごすことに私たちは本土では味わえない時間の流れを体験できました。


 今回、短い時間でのこのような調査ではありましたが前方地区、小値賀の観光資源を発掘という立場で参加した、というよりは前方地区についていろんな発見をさせてもらったという意味合いのほうが強いような気がします。普段では体験できないことを体験した、この興奮をこれからの小値賀での活動につなげていければいいなと思っています。


(長崎ウエスレヤン大学 地域づくり学科2年 さとう部屋 井手一良)
※原稿は早くできていたのですが、アップするのが遅くなりました。(佐藤)

第2期 小値賀ふるさと議会に参加

2007年1月15日 (月曜日) 13:56 | 投稿者:【community

 平成19年(2007年)の幕開け早々に開催された「ふるさと議会」に学生とともに参加してきました。今期のふるさと議会は若者を中心に編成されたため、小値賀島内外の若者が集まって、分科会で意見交換を通して、小値賀の未来を考えるというものでした。
 島外の若者として、本学、長崎県立大学、名古屋大学から学生たちが集まりした。本学からは1年生の西東君と4年生の谷水さんの2名が参加しました。

 議会は、基調講演として由布市会議員の小林華弥子さんの基調講演「」があり、「地域づくりに成功や失敗はなく」、「ここで生きていく覚悟と決意は大切」という熱いメッセージが若者に伝えられました。


 その後、5つのグループに分かれて分科会形式で島内外の若者が意見交換をおこないました。



 西東君は、第5分科会の発表でも活躍してくれました。


 その後の交流会も盛り上がり、小値賀の若者と島外の若者の交流は夜なべ談義と朝方まで続いたそうです。こうした交流が小値賀の活性化につながっていけばと願っています。

 次の日の島内視察の途中で、谷水さんが町の方と「おかえり」、「ただいま」という挨拶を交わしているのをみて、彼女が1年生の時から小値賀に通ってきた結果としてそうした関係が作れたことをうれしく思いました。小値賀に受け入れられ、育てられていく学生たちを見るときに、改めて小値賀に感謝する思いが強くなります。
 また、交流会後の別のところであるグループと一緒になり、大学へのエールを頂きました。「ウェスタン大学」といわれていましたが、小値賀との関わりを10年余り続けてきたことが報われたようにも思え、うれしい瞬間でもありました。

(報告:地域づくり学科 佐藤)




なんでんカンデン探検隊大島に上陸! イギリスの研究者も参加!

2005年12月12日 (月曜日) 14:29 | 投稿者:【community

「おぢかなんでんカンデン探検隊」の大島調査が、2005年12月11日に実施されました。今回の小値賀の属島の調査は、6月の六島(むしま)10月の野崎島に続く第3弾として実施されました。今回の調査では、イギリス・スコットランド出身、バーミンガム大学名誉教授のカーティス先生も参加しました。寒い風のなかでの調査でしたが、地元大島分校の小学生3名が参加してくれました。また、調査発表の際には、大島の方々にも参加頂きました。
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大島の人口は、103名、34世帯(平成12年の国勢調査)です。「西海に浮かぶアルカディア小値賀」(農文協・1999年)の記載されている大島のキャッチコピーは、「火山の落とし子、おいしい・おいしいぺちゃ団子・一度食べたらほっぺが落ちる、既婚率が高い島、小さくても大島、火山弾を探そう」があげられています。この本は、農文協または小値賀町役場で入手できます。

 小値賀の中でも大島は、「自力更生の島」または「火山弾の島」と称されるほどこの分野では有名です。

大島の「自力更生」に関しては、鹿児島大学の長嶋俊介先生の論文(島嶼研究・NO.1・2000年、太平洋学会・NO.51・1991年)が詳しいです。「自力更生」の碑は、港にあります。

大島で見つけたもの。

 調査結果をまとめたマップの発表の時には、大島の住民の方々も参加していただき、わからなかったことなどを教えてもらいました。

 ちなみに、私が見つけたお気に入りは、イソップ物語に出てくるようなカエルさんの姿を連想させる火山弾のオブジェです。なかなかユーモラスでしょ。


(報告:地域づくり学科  佐藤)

野崎島・舟森地区探検! 野生シカに遭遇!!

2005年11月05日 (土曜日) 16:04 | 投稿者:【community

おぢかなんでんカンデン探検隊は、小値賀町の野崎島の舟森地区の調査を、2005年10月30日(日)実施しました。参加者は、小値賀町民4名と佐藤研究室3名、地域づくり学科1年生1名の8名で舟森地区まで行ってきました。

私が最初に野崎島に行った1997年には13名が住んでいましたが、現在、野崎島には人は住んでいません。また、野生の九州シカが約400頭生息しているワイルドパーク構想の島です。

野崎島は、小値賀町郷土誌によれば、南北に細長く伸び、周囲19.24kmの地塁山地よりなっており、北から南へ尾根が続き、中ほどで低くなりまた高くなってさらに南に走る二つの山系からなる。海岸よりすぐ急斜面となって平地は東側の野崎地区にわずかにあるだけである。中ほどには、野首地区には鉄川与助氏によるレンガ造りの野首天主堂(明治41年)が文化財として現在残る。そこでは、おぢか国際音楽祭のコンサートなどがおこなわれている。また、自然体験や環境教育を実施する施設として小中学校跡を利用した自然学塾村が設置されている。

舟森地区は、野崎島の南端に位置しています。数世帯の住民が居住していたが、昭和41年には全員小値賀島に移住しまた。今回は、野首地区の自然学塾村から舟森地区を目指し、片道約3kmの道のりを歩きました。
前半は上り一辺倒の行程でかなりきつい歩きでした。途中、鹿の骨、巨石群を見ることができました。

尾根をひとつ越えたところで、展望が開け、上五島の津和崎の灯台、小値賀島や大島などを見ることができました。

2時間かかって、ようやく舟森地区に着きました。見事な段々畑が展開しており、先人たちの努力を垣間見ることができました。舟森地区の住人については、小値賀郷土誌によれば、笛吹の船問屋が大村に入港したときに、3人のキリシタン信者が処刑される前日ということでお祈りをしているところに出会わせ、同情し連れ出し、小値賀に帰港した。始め笛吹にかくまわれていたが、舟森に渡り安住の地を得た。それが舟森の祖先であるとされています。

探検から戻り、自然学塾村に帰ったら野生シカがフェンスの中に入り込んでいたので、1年生の馬場君がうまく外に出してあげました。シカ追いする馬場君。


※前述したワイルドパーク構想の参考になったのが、スコットランドのラム島です。ちなみに、私は2004年8月にそのラム島に行ってきました。当時、ラム島には、29名が住んでいました。

(報告:地域づくり学科  佐藤)

おぢか「なんでんカンデン探検」第3回に参加

2005年8月09日 (火曜日) 19:09 | 投稿者:【community

「まちづくり協定」を締結している小値賀町で、2005年7月24日(日)に実施された「第3回 なんでんカンデン探検隊」に参加しました。

今回は、フィールド調査ではなくて、今までに探検した成果をどのように活用するのかということで「小値賀の歩き方」の企画を策定する作業をおこないました。

3日後から試験期間に入るということもあり、今回は4年生の山川 茜さん、3年生の谷水菜見さんと佐藤の3名で参加しました。

最初は、アイスグレイキングとして、「小値賀ってどんなところ?」とういう参加者それぞれが感想を話すというところから始まりました。
  

次に、各グループから1名ずつ分かれて3名のグループを再編成し、KJ法による「笛吹地区を楽しむ方法」の企画案を策定する作業に移りました。
 
 

そこまでの作業をグループごとに発表をしました。
 
 

各グループから出てきた企画案は、以下のようなものでした。

小値賀ツーリスト :「夜の小値賀はおもしろい―笛吹よ、今夜もありがとう−」
夜ならではの観光ルートを設定し、施設や路地裏をライトアップする。小値賀の夜の店のガイドマップを作成する(あわせてクーポンも作成)

エイジ90 :「笛吹地区の自然を楽しむ」
笛吹地区の海岸で一年中色々な魚釣りを楽しむ。食用になる海藻、貝類を楽しむ。

アンパンマン :「港めぐり」
クルージングで今と昔の船着場を巡る。

大田洋 :「笛吹ミステリ−スポット ツアー」
スタンプラリー形式。やつ休み限定。怖さレベルを設定。

大田洋 :「笛吹で世界の笛を吹こう!」
国際音楽祭とのコラボレーション。リーダーが笛を吹くと周りからねずみの格好した人たちが出てきてパレード

なかなか面白アイデアがでてきました。笛吹という名前の地区で笛吹くという、見落としていたアイデアに感心しました。ねずみの代わりに、ちか丸君でもいいですよね。

探検隊が終わった後、小値賀町のイメージキャラクター「ちか丸君」と一緒に写真撮影もできました。身近で見ると、チョ〜 かわいい!!。そのあと子供たちも来て、「ちか丸君」に抱きついていました。


(報告:福祉コミュニティ:地域づくり:佐藤)


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