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ピースアワースピーチ・経済政策学科1年 松永知佳

2012年1月26日 (木曜日) 01:23 | 投稿者:【community

 こんにちは。経済政策学科1年の松永知佳です。私はタイのコミュニティサービスで体験した事と、それを踏まえ大学生活をどのようにしていきたいかについて話そうと思います。

 昨年12月23日〜29日の1週間をつかい、6名の学生と入江先生の計7名でタイに行ってきました。1週間といってもそのうち始めと終わりの2日間は移動でつぶれてしまったので、タイで活動できるのは5日間だけでした。さらに私は最後の2日間で40度の熱を出してしまい、ずっとホテルで寝込んでいたので、実質私がタイで活動できたのは3日間しかありませんでした。

 その3日間では田舎の村に滞在し、現地のボランティアの方や村長さんの話を聞いたり、村の子どもたちと一緒に遊んだりしました。私達が滞在した村は「第7村」、「バンニェン村」という名前の村で、HIVが流行している地域でした。話によると、かつてHIV感染者がひどい差別を受けていたそうです。
 

 HIVとは、体の免疫力が著しく低下し他の病気にかかりやすくなる病気です。そもそも空気感染はしないのですが、昔はそのような正しい知識が村人には無く、感染者とそうでない者が別々で食事をしたり、こども達も離れて遊んだりしていたそうです。そこで村人に正しい知識を浸透させた活動について、実際に教育を行ったNGOスタッフや現地ボランティアの方にお話をうかがいました。

 村長さんからは村の歴史についてお話していただきました。また、村に滞在したのが丁度クリスマスだったこともあり、夜に村の集会所でクリスマスパーティーを開いて、タイと日本のケーキを食べたりプレゼント交換をしたりしました。私達学生は日本の歌をリコーダーとギターで演奏し合唱しました。昼間は子どもたちと体を動かすゲームをしたり、編み物を教えてもらってマフラーを編んだりしました。
 



 村に滞在しているうちは、2人1組で村人の家にホームステイさせてもらいました。私は韓国人の留学生とペアを組んでホームステイをしました。ホームステイをした家庭は、高校1年生のニンという女の子とその母親が2人で生活していました。

ニンの父親は他県にいるため、母親は一日中働いてほとんど家にいることはありませんでした。朝から働きに出て、夕方に一度帰宅し食事の準備をして、水浴びをして再び仕事に行く、という生活をしていたので、私達は結局ニンの母親と一緒にご飯を食べることはありませんでした。

 ニンとは村の朝市に一緒に行ったり、夕方散歩をしてバイクの後に乗せてもらったり、夜に友人の家に遊びに連れて行ってもらったりと、長い時間を共にすることができました。

 しかし、その時間に私達の間に会話が頻繁にあったかというとそうではありません。実を言うと私は日本でタイ語を全く勉強していきませんでした。そのため看板の文字はもちろん読めず、買い物をするときも合計金額を電卓で表示してもらわないと値段すら分かりませんでした。

挨拶をすれば必ず返してくれるような明るい村の人に話しかけられても、何も応えることができませんでした。私はタイ語が分からず、対してニンは日本語も英語も分かりませんでした。つまり私達の間には共通する言語が一つもなかったのです。私はタイ語を勉強していかなかったことを何度も後悔することとなりました。

 しかし、ニンも含め、ニンの友人や私が買い物をした屋台のタイ人、その他現地の方々とは、言葉は通じなくても何とか分かり合えたのではないかと思います。

 例えば私の場合はイラストを使ってニンの誕生日を聞こうと試みてみたり、ジェスチャーでバイクに乗せて欲しいとお願いしてみたりしました。自分の体や紙やペンなど、とにかくその時その場にある物を最大限に使って自分の意志を伝えようとしました。

 そうすると、ニンや私が何かを伝えようとした人みんなが、一生懸命私の考えを汲み取ろうとしてくれました。「この人は今、私の事を理解しようと考えてくれているんだ」と実感することができました。

 それに私からだけの一方通行ではなく、相手も自分の考えを何とか私に伝えようとしてくれました。ホームステイの初日は会話が少なすぎて正直気まずい思いもしましたが、日を追うごとにニンが話しかけてくる回数も増えていくのがわかりました。ニンは私達に話しかけるときは肩を叩きます。後ろから肩を叩かれたときの喜びは今もはっきりと覚えています。


 ホームステイはあっという間の時間だったのですが、この3日間でコミュニケーションにおいて大切なことを私は見つけられたと思います。それは相手に向かっていく心と相手を受け入れる心です。

よくよく考えてみれば、幼い頃から「人の話を聞くときは目を見て聞く」と言われてきたように、当たり前なことだと思います。しかし自分の体験でここまでハッとなり気付いたのは初めてでした。言葉がどれだけ話せるのかではなく、それよりも相手と真剣に向き合えるかどうか、いかに積極的になれるかどうかが大切だと、身をもって体験することが出来ました。

 タイでは自分が勉強していかなかったせいで、伝えたいことがなかなか伝えられないというもどかしさを散々味わいました。だから今こうして私の体験や考えを皆さんに言葉でお伝えできるのはすごくありがたい事だと思います。

帰国して福岡空港で高速バス乗り場を探していると、親切なおじさんが乗り場を教えてくれました。今までの私であれば、その時に感謝して終わりだったでしょう。しかし帰国してすぐの私には、言葉が分かるということがすごくありがたかったのです。言葉が通じるからこそ出来たことだと思います。きっと、言葉の分からないタイではありえないことでした。

 今、私達は日本語で普通に会話が出来ます。これが私達の日常で当たり前のことです。しかし一歩日本の外に出て環境が変われば、それが非常に難しくなるのです。

 私がこのスピーチで一番言いたいことは、今まで述べてきたタイでの体験談ではありません。私達にはせっかく分かり合える言葉があるのだから、もっとたくさんの人と話して関わりを持って欲しいです。

 先輩にも知り合いがいない、教授とも話さない、いつも同じ人と過ごす、そんなことはもったいないと思います。自分のコミュニティをどんどん広げていって欲しいと思います。

 みんなが同じ日本語を話す環境は世界中探してもこの日本だけではないでしょうか。ここは貴重な場所だと思います。だから私は、言葉が当然のように通じるこの環境に感謝し、これからもたくさんの人と出会って成長していきたいです。当たり前の環境に感謝できたことが、今回のコミュニティサービスの一番の収穫ではないかと思います。

 正直言って、入学前はこんな小さな大学では何もできやしないと思っていました。しかし今ではここに来て良かったと心から思います。これからもそう思いながら大学生活を送っていきたいです。


経済政策学科1年 松永知佳 ピースアワー 1.18.2012 

『集落共同体で学ぶ国際協力の原点』ワークショップ

2008年4月08日 (火曜日) 13:37 | 投稿者:【community

 国際農林業協働協会(JAICAF)主催の第2回「地球時代のヒント・農村未来塾」『集落共同体で学ぶ国際協力の原点』−大井川鉄道SL急行でいく2泊3日のワークショップに講師として参加しました。長崎から約9時間移動となりましたが、それだけの時間をかけて行った甲斐があるセミナーでした。
 ワークショップの場所は、静岡県榛原郡川根本町地名(じな)地区です。最近、TVで“日本一短いトンネル”ということで紹介されているところです。大井川鉄道の中間点辺りにあり、大井川の流域にあります。南アルプスの最南端に位置しており、川根本町の人口は8,988人(H17年)、高齢化率は39.1%です。農業は、お茶が有名で過去に数々の輝かしい賞を受賞しており、「川根茶」として全国的にも知られています。
  

 このセミナーの目的は、「わが国の集落共同体が持つ伝統的な文化には、持続可能な地域の暮らしが生きています。長い年月をかけて養ってきた知恵や力が集落の共同管理、利用、作業の技術にも大きな影響を与え、現在も農山村を支える礎として継承されています。私達は、国際協力を考える上で、日本を含めた共通の課題に対する理解を深めるとともに、集落共同体の意義と役割を一緒に考え,学ぶためのワークショップを農林水産省からの助成を受けて開催することと致しました。このワークショップが国際協力のみならず,わが国の町づくり,地域づくり,共生社会の形成に役立つであろうことを祈念しています。」となっていて、農村集落で学ぶセミナーとなっています。
 参加者は、20名で大学生、青年海外協力隊経験者、NGOの方々で、年齢は18歳から30歳後半までと多彩でした。
  

 このセミナーの第1日目は、まち歩き、講義「集落共同体の意義と役割」(担当:佐藤)、「地名の歴史と暮らし」(担当:酒井さん)、地域点検学習の準備でした。
  

 第2日目は、4グループに分かれて地元の方を案内人として集落実地調査、地元のあかあさん達に指導してもらって伝統的食品加工体験(こんにゃく作り)、交流会、発表準備でした。交流会後も、明日の発表に向けての準備がされて、午前2時頃まで作業していたグループもありました。
  
  

 第3日目は、公開発表会、振り返り、講評、修了証授与でした。発表会には、地元の方々も参加して頂き、コメントも頂きました。本音のコメントもあり、そのことが永く継続できることにつながります。その意味で、地名の方々に感謝、感謝です。
  

 このセミナーでは、具体的に、地域を見る視点、インタビューの仕方など地域へどのように入り込みながら、地域の構造や組織がどのようになっているのかを調査するための初歩的なスキルを学びました。
 今回、私が注目したのは、地域の歴史を講義してくださった酒井氏の呼び方が3日間で変化していったことです。参加者から、最初は酒井先生、酒井のおじいちゃん、マーチャンと変化していきました。わずか3日間で親密な関係へ変化していいたことがわかりました。それほど、密度の濃いセミナーだったことや地元の受け入れに対する懐の深さやセミナー参加者の熱意を、そこに見ることができます。
 
 ちなみに、私が4日間地名で過ごして得たことは、河川流域での水利権をもっと意識すべきであったと思っています。この地域は兼業農家が多く、その背景に使いパルプの発電所があったことが影響していたと考えるからです。発電所への水の供給による地域への現金収入があったこと、現金収入を得る雇用が存在したことなど、地域への発電所の影響は見過ごすことのできない存在だったように思えます。それだけに、発電所の撤退は大きかったのではないでしょうか。  
 また、地域の活性化へのグループとしての生涯学習事業も見過ごせない気がします。そのグループが中心となって2007年の夏におこなわれた灯篭流しは、地名に新たな伝統を生み、地域住民の地名への愛着と誇りと関心を醸成するものとなるように思えます。

 新たな出会いがあり、地名の人たちの暖かさを感じ、最高のセミナーでした。感謝。
また、地名の方々ともう一度再会したい思いに駆られいて、学生を連れて行きたいところの一つに加わりました。

(報告:地域づくり学科 佐藤)




今、私たち日本でできることからの発信 パヤオ3

2007年6月08日 (金曜日) 18:29 | 投稿者:【community

 今回で私がパヤオを訪れるのも3回目となりました。昨年度のコミュニティサービス、そして昨年6月の調査に同行して以来、この9ヶ月の間「サンファンデック(コドモの夢)」の仲間たちや先生方の協力を得ながら活動に取り組んできました。
活動,呂海舛
活動△呂海舛
エイズに関する上映会報告

 今回、新たにパヤオに行くことを決めた理由としては、タイの若者を対象に性に関するアンケート調査を実施したかったこととNGOスタッフにセミナーの講師として日本に来てもらいたいという依頼のためでした。

 一昨年の世界エイズデーでの街頭パンフレット配布活動に参加したことを機に、私自身を含め日本のエイズに対する意識の低さを知り、何か出来ることはないかという思いからパヤオを思い訪れたことが始まりでした。

 あれから1年以上が経過し、現在ではエイズの問題一つにしても多様なアプローチが必要であることや、また、様々な問題と関連している実態を知ることができました。
 
  (エイズデーパンフ配布活動)     (性感染症のDVD上映会)

 今回タイへの渡航とプログラム内容は一人で参加する時間が多かったのにも関わらず、タイ語は片言でしか分からない。私は10日間やっていけるのだろうかと心の中は不安でいっぱいでした。

 それでもNGOスタッフや村人たちとの日々の交わりを通していくことで、これまで知ることのなかったNGOスタッフの日常業務や村人たちとの関わりあいを目の当たりにでき、大きな収穫を得たと感じています。

 毎日のプログラムはミーティングへの参加、工作、こどもの家での活動でした。昨年の夏、大学の授業で「パートナーシップ」をテーマの一つとして、地域福祉の役割を担う社会福祉協議会(以下、社協)への実習に取り組みました。

 それは、社協スタッフと住民、またスタッフ同士でパートナーシップをとった地域福祉の現状を学びたいと思い視点を当てて臨んだテーマでした。

 タイにしても日本にしても短期間での業務の視察にしかなりませんが、NGOスタッフ同士でのミーティング、ジュン病院でのミーティングに参加したときに、ふと社協での実習風景が呼び起こされました。
 
   (今年度の活動や予算、村民たちの状況について話し合われる)

 日本とタイとでは文化や習慣、地域における問題の質などが異なりますが、パヤオでの取り組みは、村の問題に対する村人たちの意識が高く、そして村人とスタッフが対等な関係性を持って事に当たっているということを強く感じさせられます。

 それは、スタッフが村人を支援する一方的な支援ではなく、人が育ちその人たちが主体となった村づくりをしていることをパヤオに来る度に実感させられるものです。

 週末の子ども活動においては、スタッフの方が子どもたちに手工芸を教えたり、レクリエーションゲームで遊んだりと子どもたちは大賑わいでした。

 日本で子どもたちと交わる時という事を考えると、なんらかの子どもに関するボランティアへの参加、行事の際に親せきの子どもたちと会うことぐらいで、子どもたちと関わっている機会というのは大して多くないことや、子どもたちと交われる機会があっても、子どもたちに対してほとんど何もしていなかった自分に気付かされました。
 
      (工作の様子)          (子どもたちとお団子作り!)

 私が帰国したその日に、福岡のある保健所に設置されている「こどもプラザ」という場所に行く機会がありました。子どもとお母さんが平日気軽に立ち寄り、子どもたちが遊んだり、お母さんが保健師への相談、お母さん同士の語らいの場となっていました。

 そこには私が子どもの頃にも見たことが無かった巧みに作られたおもちゃや、衛生面に配慮された設備に感嘆してしまいました。

 タイのことを思い出しながら電車に揺られ帰る中、現代の日本の環境は子どもと大人、人と人との関係性が希薄となり、人が集まる場所や子どもたちが安全に遊ぶ場所が自然と機能しなくなっていると考えさせられるものでした。

 この10日間を通して、パヤオの人たちが社会に対して、またそこに生きる人たちのために積極的に働きかけている姿、村人たちの努力によって変化してきた村の過程を知ることができたことは、活動をするにおいての原動力となり、私自身の生きる地域に対して何ができるのかと考え、行動していきたいという思いを強くさせています。

 7月にはタイNGOスタッフを講師として招くことを計画しています。日本のエイズや性感染症に対にする啓発の輪が広がっていくこと、またその他にも社会に山積する様々な問題に関心を持って行動していきたいと思います。

お知らせ「生と性について考えよう! 私たち若者のためのセミナー」は、こちらをご覧ください。

(報告 海外コミュニティサービス・タイ 4年 宮城かなえ)


海外コミュニティサービス タイ(パヤオ)

2007年6月08日 (金曜日) 18:02 | 投稿者:【community

 今回、私がこのタイでのコミュニティー・サービスに参加しようと思ったきっかけは、私は以前からNGОなどの活動や国際ボランティアに興味があり、タイで活動するボランティア団体の活動を実際に見てみたいと思ったのと、タイの村でホームスティをさせてもらい、タイの生活を体験しタイの人たちと交流したいと思ったからでした。

 タイに行ってからは、“HIV(エイズ)”というとても大きな問題に触れました。日本ではエイズという病気については、多くの人たちが自分には関係ない、身近にはない病気、などと思っている人が多く、エイズという病気についてよく知らない人が多いと思います。

 私も実際、このコミュニティー・サービスに参加するまではエイズという病気について深く考えたことはなかったし、エイズは遠い存在だと思っていました。

 しかし、今回タイへ行きエイズの問題に触れてみて、エイズという病気は身近にある病気で、もっと多くの人が関心を持たなければいけないと思いました。

 タイでは、実際にエイズに感染しカミングアウトしている人たちと交流したり、エイズによって家族や両親を亡くしてしまった子どもたちに会い、いろんな話を聞くことができました。

 エイズに感染している人たちと交流することは、私にとってとても貴重な経験になりました。日本では、“自分はエイズに感染している”と自らカミングアウトすることは考えられません。

 それは、自分がエイズに感染していることを知らないというのもあると思いますが、もし感染がわかっていたとしても差別や偏見というものがでてくるので、カミングアウトは簡単にできることではないからです。

 しかし、私たちが交流したエイズ感染者は自らカミングアウトし、それぞれがエイズに関係するいろいろな活動をやっていました。

 私は、エイズに感染している人たちと関わることは初めてだったし、その人たちはみんな明るくて笑顔があふれていて、とてもエイズ感染者だとは思えないくらいでした。

 また、ホームスティした村では、エイズ感染者だとわかっていても周りの人たちは何も態度を変えることなく、普通に接していました。

 エイズに感染し、毎日何種類もの薬を飲み続けている女の子がいましたが、その女の子の周りの子どもたちはその女の子がエイズに感染しているとわかっているのに、手を繋ぎ、一緒に遊んでいて、全く差別や偏見というものを感じませんでした。

 日本では、エイズに対して間違った知識を持っている人が多くいると思います。日本でも年々どんどんエイズ感染者が増え続けているので、たくさんの人たちにエイズについてもっと関心を持ってもらわなければいけないと思いました。

 また、エイズの問題だけではなく売春の問題についても触れました。売春婦として働かされた経験をもつ人たちから話しを聞くこともできました。

 話しを聞いていて、私たちが想像していたものよりはるかに辛く苦しく、とても悲惨なことだと思いました。

 売春と聞いて正直、それまでよく考えたことはなかったし、売春の問題に触れることはあまりありませんでしたが、売春のために日本に連れてこられ働かされた女性たちの話を聞いていると、すごく悲しかったです。

 それも、売春は私たちがいる日本で行われています。すごくショックを受けたし、これからもっと考えていかなければいけないと思いました。

 そして、村でのホームスティは日本の生活と違うところも多くあり大変なこともありましたが、ホームスティ先の家族はすごく親切で温かく接してくれました。すごく嬉しかったです。

 今回のタイでの経験は、考えさせられることも多くあり、これからの私の生活に大きく影響を与えるものとなったと思います。本当に参加していい経験ができ良かったです。

(報告 海外コミュニティサービス・タイ 2年 中尾友香)


頭でなく、肌で感じたこと タイ(パヤオ)

2007年6月08日 (金曜日) 17:49 | 投稿者:【community

 自分がこの世に生を受けてから、その生涯を閉じるまで莫大な時間、日にちを重ねていくであろうが、2007年3月1日から3月9日までタイ(パヤオ地方)で過ごした経験は、必ずやこの先の人生において忘れはしないだろう。

 人生という長い目で見れば、埃ほどのほんの小さな時間であるが、そのほんの小さな時間から得た経験は、とてつもなく大きなものであった。

 今回タイ北部パヤオ・プログラムに参加して、自分の知っているけれども知らない“世界”というのに触れることが出来た。というのもHIV感染者・AIDS患者についての情報は、日本にいる間に文献やTVなどで見たこと、聞いたことはあったが“感じる”ことは無かったのである。

 その方たちが、どんな苦労、どんな人生を送ってきたのか、どんな生き方をしているのか、どんな人間なのだろうか、今の社会はインターネットを調べれば一発で分かるだろう。例え調べたとしても、『HIV感染者は差別されてきたのだな…』ぐらいの感想しか持たない。

 しかし直に経験談や体験談を聞き、直に話しをしたりしてコミュニケーションをとることで触れ合って、インターネットからは得られない貴重な考え方や生き方、たくましさをいただいた。

(写真:一番左のおばあちゃんがHIVに感染している孫について話をしている)

 僕は少なからずHIV感染者・AIDS患者の方々に対して、自分とは何か違うというイメージみたいなものを持っていたと思う。

 そのことに付け加えて、絶望のどん底を味わった人ばかりであろうから、暗い人がほとんどなのかもしれないという先入観を持っていたのだと思う。

 しかし、僕がホームステイした家族の夫妻(どちらもHIV感染者らしい)は僕以上の明るさ、たくましさを持っていた。

 夜遅くまで家族みんなで話したこと、ルールは分からなかったがタイのトランプゲームをしたこと、そして何よりも夫妻の笑顔を僕は一生忘れない。特に夫妻の旦那さんには、我が子のように面倒を見てもらい、タイの新聞の内容を教えてもらったこと、近所にある畑に朝早くから連れていってもらったこと、タイの女優さんのことなど、たくさんの話しを聞かせてもらった。
 
一緒にギャグを言い合ったり、共に笑い合ったあの時間は絶対に忘れない。

(写真右:タイでのお父さん)

 自分が思っていたことと、実際はそうではないということは人生においてしばしばあるのだが、今回の体験こそまさにそうなのかもしれない。

 『HIV感染者は、かわいそうだな。暗そうだな』と抱いたイメージ、大きな間違いであった。確かに、そういう人がほとんどなのかもしれない。もしくは、変に明るく振り舞っている人もいるかもしれない。

 しかし、全てが全てそうではないということに気付かされた。また、自分のそのような先入観こそ、HIV感染者・AIDS患者…いや、障害者差別だの外国人差別だの、世の中に存在しうる差別の温床になっているのではないかということに気付かされた。

 今回の海外コミュニティサービスに参加して得た、たくさんの素晴らしいこと、それを自分がこの先の人生においてどのように生かしていくのか、自分で大いに考えたいと思う。

 そして自分は、この旅を通して自分の描く人物像に明確な目標を持った。物事を一方的にではなく、他方から考えることが出来るような人間になりたい。

 そして、周りに常に“感謝”の気持ちを抱くような人間を目指していきたい。そして最後に…もっともっとたくさんの知識や考えを身に付けたいと思うようになった。
 

(報告 海外コミュニティサービス・タイ 3年 高橋 昂志) 



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