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地域実習・高島炭鉱の歴史と生活を学ぶ

2010年3月01日 (月曜日) 21:45 | 投稿者:【community

 今回の地域実習は、かつて石炭によってエネルギー面から日本経済を支えた周囲6.4キロの小さな島、高島を訪れました。高島と端島(軍艦島)の炭鉱の歴史と当時の住民の生活実態について学習することが目的です。 

 長崎港から高島まで高速船でわずか30分ほどの行程ですが、この日は波風が強く、高島で学んだ後の端島(軍艦島)を周回見学する計画は取りやめました。
 

 しかし高島では到着後すぐに鈴木先生を先頭にして入江先生と学生4名とで石炭資料館を訪れました。
 

 館内では、松尾和敏高島行政センター所長から高島炭鉱の歴史や当時の生活について詳しく話を伺いました。
   

 高島炭鉱は、江戸中期以降、佐賀藩が採掘していましたが幕末にはトーマス・グラバーが近代的操業を試み、その後、明治には岩崎弥太郎が取り組んで1986年に閉山するまで105年間操業を続けて5500万トンもの出炭をしました。

 石炭が日本のエネルギー源の主役だった時代、高島の石炭は質が高く、全国の製鉄所へ原料炭として運ばれていったそうです。炭鉱従事者の給料は高給で、光熱費、住居費は無料、生活水準も高かったそうですが、地下300メートルの現場での仕事は常に危険と隣り合わせの過酷な環境でした。
     

 資料館の前には、高島と同じように良質の石炭を出炭した昭和40年代の端島(軍艦島)の模型があり、ここで私たちと同じように天候悪化のため周回できなかった観光客の方々に混じって当時の生活の話をガイドの方から伺うことにしました。
     
(端島には、当時、映画館や神社もありました。)

 町営住宅見学後は、松尾センター所長の説明を聞きながら高島の観光資源や炭鉱関連施設を見学してまわりました。
       
(グラバーは、高島に別邸をもっていました。)

 ここは、41棟1182戸もの鉄筋高層の炭鉱住宅が林立していた場所です。解体された跡地には、当時の住宅名を記した標柱が立っていました。
   

 ボタや炭鉱住宅を解体し再利用して土地を造成した場所からは、端島(軍艦島)を眺めることができました。
   

 前回の地域実習では、池島炭鉱の中に入って炭鉱を実体験しましたが、今回は、ここ高島で炭鉱の歴史や巨大なエネルギー産業に従事した人々の島の生活面を学ぶことができました。松尾高島行政センター所長、話を聞かせて下さった皆さん、ありがとうございました。





(地域づくり 地域実習 藤崎)


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